父の四十九日が済んだ後のことだった。

 「あたしも、ンなふうに片づけられちゃうの?」
 一初(ひとう)は、淡々と後片づけをする僕を見て、ぽつりとそう言った。
 僕は檀から父の骨壺を下ろし、片手で抱えて運んでゆこうとしていたところだった。咄嗟に反応を返せないどころか、あやうく壺を取り落としそうになった。

 家には僕らしかいない。というより、家人はいまや僕ら二人のみ、なのだが。母はとっくに墓の下だし、乏しい他の係累も、読経が終わるや帰ってしまっていた。
 親戚の人々は、喪服に喪章の僕と、セーラー服に同じく喪章の一初に、久至ちゃん一初ちゃん大変ねこれから困ったことがあったらいつでも云々、そういった型どおりのせりふだけは言ってくれた。けれど現実にこうして後片づけしているのは、僕――久至(きゅうじ)と、妹の一初だけだ。

 父のお骨ともあろうものの運びようが、一初にとっては、あまりにもぞんざいだと思われたのだろう。いや、生きてるときでも父はこれと大差ない扱われようだったからか。四十にも届かぬうちに"来て"死んだ父だったが、そういえば遺骸はひどく軽かった。
 「父ちゃん看ててさ、あたしも初めはそれらしくしたげようと思ってたんだけど。でも父ちゃんが迷子になったりして、それ捜しに出たりするとさ、だんだんただの仕事になってくよね」
 あれだけは色々ご近所に迷惑とかもう参っちゃうし、そう淡々と一初は言う。
 僕は黙っていた。といって、無視しているわけでもない。父は、僕と一初の二人で看ていたのだし、不明の父を町中捜し歩いたのは主に僕だったから。一初はその後始末をする役割だった。彼がいよいよ入院するまでは。
 そういうことがあったので、特に気にした様子もなく、一初は続けた。
 「仕事と思わないとやってけないてのは、それはそうなんだけど。でもそういうの、」
 ぴたりと人差し指で、僕が無造作に抱え持つ壺を指し示す。
 「なんか嫌」
 拗ねたように背中を向けて、来客用の座布団をまとめながら言う。座布団を積み重ねるたびに、その風圧で一初の長い髪がはためいた。
 それに見とれそうになりながら僕は、丁寧な手つきで骨壺を仏壇に置き直し、言った。
 「そうだね、初(うい)……すまない」
 ことりと骨壺が置かれる音を聞いたのか、うむよろしい、とばかりに一初がこちらに向き直る。
 とは言うものの、一初の言いたいことは解るし一応父にも悪くは思うのだけど、"来た"後の父の面倒などは、僕にとってまさしくただの仕事だった。
 実際そんなこと、別にどうだってよかったのだ。そのとき問題だった、かつ今なお問題になっているのは、たった一つの事柄だ――本当は他に無いでもないけどまあ、無いに等しいとしておいてもいいだろう。心臓が裏返るようなこの焦燥に、代えうるものなどありはしない。
 それを知らなかったのか、あるいは知っていたゆえか、とにかくかつての一初はそう言っていた。

 彼女は僕の横を歩き過ぎていって、部屋の隅に座布団を放り投げた。
 そのまま天井を仰ぎ見る。意味は無いのだろうが、つられて僕も上を向く。
 古い羽目板に、いくつか染みが浮かんでいた。視線を動かせば黒光りする柱と、その間を埋める漆喰の壁、障子に襖。住む者はすっかり減って、今や僕ら二人だけになった家は、いささか広い。
 急に一初がこちらを振り向いた。
 なぜか僕は慌てて、彼女の方に顔を向けた。
 そのまましばらく動きを止めた。
 
 見つめ合ううちに、空気の密度が上がってゆく想像に捕らわれる。
 家の空疎を埋めるように――

 一初は僕を見据えて、にっと笑った。
 いくぶん粘っこい、そして甘い笑顔は、未精製の蜂蜜みたいだった。
 「――でもまあ、」
 それはそれとしても。冗談めかした口調で彼女は続けた。
 心なしかやけに抹香の煙が鼻についた。
 「そうなっちゃう前にぃ」
 そこで止めて、一初は上目遣いでこちらを伺った。彼女の眼には、その口調とは裏腹な、ひどく陰気な光が宿っていた。
 今までにも何度か見たそれは、癇癪で泣き叫びはじめる寸前の幼子のものだ。
 疲れ、倦みきった心身に沁みる、激情の兆し。
 そして僕にも伝染するもの。
 「やれることは、みんなやっとこうよ。ね?」
 ぬめりのある声でそう言って、唇を舌で湿らせる。一初はときどき、わざとそんな下卑たような真似をする。
 だから僕には、それがこの上なく蠱惑的に思えた。
 喉の奥を蝋燭の火で焦がされているようだった。それが、胃の奥で燃えているものと合わさって、抗いがたい疼きに変わる。
 彼女の熱っぽい眼差しに、僕は片目を細める仕草だけで応えた。
 どちらからともなく、ため息が交わされる。
 
 僕は喪服、一初は制服のままだったというのは、僕らにとって冗談くらいにしかならないことではあった。
 そしてゆっくりと彼女の吐息と、
 「とりあえず迷子には、ならないよ?」
 その匂いが近づいてくる。
 どちらからともなく腕がまわされた。
 一初は僕の、僕は一初の、その重みを感じていた。
 「ふたりでぴったり、目の届くとこにいれば」
 お互いに首もとへと熱い息を吹きかける中で、そう一初は呟いた。





 MOON RISE, SUN SET





 ――それからもう、ずいぶん経つ。


つづく